時代物や歴史小説でお馴染みの歴史上の人物や著名人の「ゆかりの地」を訪ねる旅。そのガイドブック的サイトとして・・・。


◆「ゆかりの地」・・・「歴史上の人物」」「映画スター」など著名人ゆかりの地の「所在・交通アクセス」を。※「都道府県で選ぶ」ことも出来ます。
◆「ゆかりの食」・・・歴史上の人物や著名人が好んだとされる食べ物を。
◆コラム・・・「思いの外」「旅・美味いモン」「本・心に残る言葉」他

2004年12月29日

徳川慶喜ゆかりの地

二条城 (京都市中京区二条通堀川西入二条城町:周辺地図) ここで徳川慶喜は大政奉還を行った。続きを読む

徳川光圀(水戸黄門)ゆかりの地

◆馬頭院 (栃木県那須郡馬頭町馬頭:周辺地図) 国道293号馬頭町市街地を黒羽方面へ。徳川光圀が、ここの枝垂栗(しだれぐり)(天然記念物)を徳川光圀が植樹した。続きを読む

2004年12月28日

義経元服料理

滋賀県竜王町が、「義経元服料理」を再現したと聞く。NHK大河ドラマ「義経」にあやかろうということなのだろう。その味については、同町の道の駅「竜王かがみの里」で売り出すとのことなので、当地を訪ねられてお求めになるのもいいだろう。同町は源義経が元服した地として知られ、それにまつわる史跡が複数ある。また、他にも、源頼朝、足利尊氏なども立ち寄った地だとのことなので、当時に思いをはせるのも良いかもしれない。

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福沢諭吉ゆかりの地

◆中津藩蔵屋敷跡 (大阪市福島区福島1−1:周辺地図)JR神戸線「福島」 JR東西線「新福島」 阪神電鉄「福島」徒歩5分程度 福沢諭吉誕生地の碑が立つ。

2004年12月26日

建仁寺とご近所さん

四条通と花見小路通の交わる角を、お茶屋「一力」を左手に見ながら、南側に下がっていくと途中、弥栄会館(祇園甲部歌舞練場がある)の前などを過ぎ、建仁寺の北門に突き当たる。ここは臨済宗建仁寺派の大本山だ。また、ここには、俵屋宗達作「風神雷神図屏風」がある。(もっとも、本物は京都国立博物館で保管されており、ここにあるのはレプリカであるが・・・)
平成14年4月、建仁寺開創800年を慶讃して法堂大天井に奉納された小泉淳作作「双龍図」は、その大きさ108畳分もあり、大迫力である。このように見ものも多い。だが、近隣におすまいの方々にとっては、その敷地を往来することは日常である。季節になるとご近所のお年寄りなどが敷地内の植え込みの新芽を摘んで袋いっぱいにして持ち帰っている様子などを目にすることもあるだろう。建仁寺の植え込みは「お茶」だ。こうしたことも、ご近所の方々と古くから続いてきたであろう関わりようの姿なのだろう。
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2004年12月25日

ポートワイン:織田信長

日本で初めてポートワインを飲んだのが織田信長であるという説がある。なるほど、そうかもしれない。ポルトガルとの交易を始めたのは信長だ。そして信長は南蛮のものをどんどん取り入れた。そんななかにワインがあってもおかしくない。フランシスコ・ザビエルとの接点によでキリスト教を解禁したということが学生時分の勉強で記憶されているが、信長の目的はキリスト教の布教がメインではなく、鉄砲の輸入とそして商売だったのだろうから。
信長とワインについては次のサイトを参考にされたい。bb-wave.biglobe.ne.jp/pro/asahi/bn/c_a12.html

当サイト内関連記事
・本当の場所は?

◆◆◆ポートワインを飲むには◆◆◆
セラーからこだわりのワイン
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ともかく・・・相田みつを

−ともかく
 具体的に動いてごらん
 具体的に動けば
 具体的に答えがでるから−

       相田みつを

陸奥宗光ゆかりの地

◆生誕の地 (和歌山市小松原5丁目の交差点に生誕碑が立っている:周辺地図
◆神戸海軍操練所(神戸市中央区新港町:周辺地図)。三宮駅より徒歩10分。日本に欧米に対抗できる海軍をつくる足がかりを作ろうと、勝海舟が1863年(文久3年)に提案し設立。海軍兵学校と海軍機関学校を兼ねた。 坂本龍馬、陸奥宗光などが運営に携わるとともに、日本の海軍の歴史にも大きな足跡を残す。現在は、錨(いかり)の形をした記念碑が建っています。
◆亀山社中。(長崎市伊良林2丁目:周辺地図)。当時のままの建物の中には、資料展示などもあるようです。この亀山社中が海援隊の中心となり、明治政府発足以降は、政府により岩崎弥太郎に譲り渡す形で三菱商事の前身となっています。
続きを読む

2004年12月24日

豆腐:大村益次郎

大村益次郎(村田蔵六)は豆腐が大好物だったという。司馬遼太郎の作品「花神」では、豆腐を肴に酒をチビチビとやる場面が何度も出てくる。実際、大村益次郎は「豆腐を愚弄する者は国を滅ぼす」と言ったとも言われているようだ。第十一代将軍徳川家斉(1773-1841)が100人を越える側室をかかえ、それによる側室同士の競争激化がもとで、江戸では豆乳で入浴することが流行した。そのため江戸の市中の豆腐が不足したことを言ったものであるらしい。(情報参考:www.bigai.ne.jp/~miwa/miwa/00sympjokyo.html)

とろーりまろやか絹豆腐

四季豆腐(2個セット)

栗原の木綿豆腐

国産大豆100%安心絹豆腐

手作り豆腐セット

豆腐よう


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教科書等で見知った歴史的芸術作品は?

教科書をはじめ、子供のころに見知った芸術品というものはどういうものがあるだろうか?
社会科の教科書からは、「金閣寺」「平等院鳳凰堂」「鳥獣戯画」「風神雷神図屏風(俵屋宗達)」「東大寺 金剛力士像(運慶・快慶)」などなど。
美術の教科書からは、「叫び(ムンク)」など。
もっとも、私の場合、金閣寺は、社会科の教科書でというより、アニメ「一休さん」で知り、平等院鳳凰堂は、十円玉である。
こういう、子供の頃に触れた芸術作品は、自分の中で当たり前になっているため、通常意識をしないが、実際に実物と接する機会があると、素直に心の底から感激の気持ちが沸き起こってくるものである。是非、機会があれば訪れて見て欲しい。平等院鳳凰堂に行ったときのことであるが、小学生の遠足に出くわした。子供たちは皆、十円玉を取り出し、「わあっ」と歓声を上げていた。このときばかりは、小学生と同じ気持ちに慣れるかもしれない。

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建仁寺とご近所さん





1/70鹿苑寺・金閣





木製建築模型1/70平等院鳳凰堂







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2004年12月22日

武蔵坊弁慶ゆかりの地

◆五条大橋。義経と弁慶が戦ったことで有名。当時の五条大橋は現在よりもっと北側、今の松原橋のところにあったらしい。周辺地図 京阪電車 五条より徒歩すぐ。
◆安宅関(あたかのせき)。安宅ビューテラスに安宅関跡の石碑あり。(石川県小松市安宅町ヨ132:周辺地図 北陸道小松ICより安宅の関方面へ5分)
源頼朝に追われた義経がこの関を通る際、関守の富樫の厳しい尋問にあう。この危機をのりきるため弁慶が主君である義経を叩きつける姿に感動した富樫が通行を許可したとされる。この様子を題材にしたのが歌舞伎の人気演目「勧進帳」


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2004年12月21日

小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)ゆかりの地

◆小泉八雲旧居・小泉八雲記念館 (島根県松江市奥谷町322:
周辺地図
参考ホームページ:www.city.matsue.shimane.jp/kankou/jp/j/yakumo.htm続きを読む

2004年12月20日

ビール・発泡酒の税金で昔を懐かしむ。

ビールおよび発泡酒の税金が上がる。我々庶民にとっては非常に痛いことだ。私の場合、春〜夏〜秋と1年の四分の三をビールで過ごし、冬場は他のアルコールをという感じである。(体質的にビールは冬場はお腹がゆるくなってしまうので・・・)。であるので、今の時期、近場の酒のディスカウントで、ウイスキーを選ぶ日もあれば、焼酎を選ぶ日もといろいろだ。今は焼酎ブームなので、焼酎は銘柄が比較的多いが、ウイスキーは以前とくらべ、店頭においている銘柄数が少なくなっているように感じる。そういえば、テレビCMもウイスキーはすっかり少なくなった。昔は、特にサントリーがかなりガンガンにCMをやっていたのだが・・・。CMに出ていたタレントも、サミー・デイビス・JR、シェリル・ラッド(チャーリーズ・エンジェル)、マンハッタン・トランスファーなどが思い出されるし、松田聖子のスイート・メモリーズもサントリーだった。あの曲は松田聖子の曲には珍しくベストテン番組からのヒットではなく、あのサントリーのCMが火付け役になったような印象がある。そして、松田聖子を、アイドルの域から、次のステップへと昇らせた。少し昔を懐かしんでしまったが、このたびのビール・発泡酒の税金により、ウイスキーが安い酒だという印象が・・・。本当に隔世の感がある。
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終戦後の海軍艦艇始末記

以下のサイトを是非紹介したい。
八十路を越えてのパソコン。悪戦苦闘しながらのことだと思います。その方が、ようやく念願のホームページを。太平洋戦争では海軍士官として戦争に参加され、戦後、乗艦していた駆逐艦をソ連のナホトカまで持って行き引き渡すという貴重な体験録。

終戦後の海軍艦艇始末記





1/250木製模型《戦艦大和》

2004年12月16日

お忍び来日

ヨン様ことぺ・ヨンジュンさんの極秘来日がまた世間を騒がせている。福島空港から入国したとのことだが、福島空港に国際便があったのに驚いてしまった。それだけ、韓国との距離は確実に近づいているようだ。ぺ・ヨンジュンさんに限らず、これまでも多くのスターがお忍びで来日している。このブログでも採り上げているがジョン・レノンが、夫人のオノ・ヨーコさんとお忍びで来日したことは、既に有名な事実だし、そういえば先日の「踊るさんま御殿」のゲスト穂積隆信がその来日時の数日間、同じ旅館で過ごしたというエピソードを披露している。また、仕事で来日してその仕事の合間にプライベートをお忍びで・・・というパターンもあるだろう。他にもこのブログで紹介しているが、ハリソン・フォードが滋賀県の甲賀忍者屋敷を訪れていたり、リチャード・ギアが島根県の小泉八雲記念館を訪れていたりするのは、「へえ〜っ」という感じがするし、場所が特定できなかったので紹介しなかったが、ロバート・デ・ニーロもお忍び来日していたことがあったらしい。エリック・クラプトンなどは、ツアーの予定もないのにK1などの格闘技会場にいたり、結構、日本でのプライベートを楽しんでいるようだ。今回のヨン様は、さて、プライベートなのか?仕事なのか?当面、ワイドショーを賑わすことになるのだろう。

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・今年の韓流ブーム
・「YES オノ・ヨーコ展」をTVニュースで見て


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2004年12月13日

簡単なおつまみ(スモークチーズ)

ビールをデスクの脇においてブログをしている人もいると思うので、ココで簡単なおつまみを紹介。
◆材料:スモークチーズ、かつおぶし、青ねぎ
◆作り方:スモークチーズを小さくカット(小指の先の大きさぐらい)。あとは、かつおぶしと刻んだ青ねぎとを混ぜるだけ。

京都検定

京都商工会議所主催による京都検定が実施された。1万人近くの人がこの検定試験に挑戦したと聞く。会社の命令で受験した人、仕事に役立ちそうだということで自ら受験した人、純粋に京都が好きなので・・という人、というように受験者は様々だ。そういえば、お気に入りリンクで紹介しているサイト「友禅ネット」を運営している知人も受験するようなことを言っていた。ただ、彼曰く、「検定は検定。このために学習した知識は通説で一般的なもの。ガイドなど仕事で役立てようなんて人は、『実は、諸説あってこういうことも云われてるんですよ。』などが言えてはじめて、良い信頼を獲得できるんじゃないかな。」と。なるほど、そういうものであろう。そう、「トリビアの泉」のへえ〜、的なうんちくが欲しくなってくるのだ。
なお、京都検定に関してのブログを見つけたので、URLを紹介しておきます。
http://yashiro.exblog.jp/
(京都検定ブログ)
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2004年12月10日

静御前ゆかりの地

◆鶴岡八幡宮。神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-31。日本三大八幡宮の一つ。頼朝・政子夫妻の前で、舞をこの境内の舞殿で披露した。続きを読む

2004年12月05日

本当の場所は?

日本の歴史上、最も有名な事件のうちの一つ、本能寺の変。明智光秀が本能寺に宿を取っている織田信長を急襲し自害に追い込んだ事件だ。先日、京都市内にお住まいの方と話をしていたときに、「今の本能寺は、織田信長が暗殺された当時の場所にはないんだよね。」との話が偶然でた。調べてみると、京都市中京区に元本能寺町という地名がある。元々の本能寺はココにありましたよ。というのが町名の由来なのだろうか?この南の元本能寺南町の一角に、「此付近本能寺址」という石柱が立っているようだ。機会を見つけて訪ねてみよう。これと同様、当時と現在では場所が変わっているという史跡はよくあるようだ。弁慶と義経の出会いの場でもある五条大橋も、当時はもう一つ北の現在の松原橋の箇所であったという。そういう観点から史実を見てみるのも、また面白いのかもしれない。

当サイト内関連記事
・ポートワイン:織田信長
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2004年12月02日

忘れられない景色

誰しも、これまでの旅行体験において、忘れることのできない景色というものをお持ちだろう。足摺岬。ここから太平洋を望む景色。これが私にとっての忘れられない景色だ。15年以上昔のことになるが、大学生活最後の夏、JR周遊きっぷを使い、友人とともに四国を巡った。岡山から瀬戸大橋を渡り、四国の真ん中を縦断。琴平では金毘羅さん参りの長い石段を登り、大歩危小歩危では渓谷を船で。また龍河洞では洞窟の神秘に触れ、高知につくと桂浜で坂本龍馬の像に対面。高知からは時計周りのコースを。中村まで電車、そこからはバスを乗り継ぐ。バスは途中、四万十川沿いを進み足摺岬へと。その当時、足摺岬についての事前の知識は、高知県の2つの岬のうちの左側という程度で期待感は全くなかった。それが、15年以上経過した今でも、生涯忘れ得ない景色として強く記憶に残っている。これから足摺岬を訪れる予定のある方は、是非、そこから太平洋を見渡してみて欲しい。晴れた日に。沖合いに白い波頭の帯を見ることが出来るだろう。右から左へと。黒潮だ。地球規模で流れる海流のイメージが浮かぶ。おそらくは地球の自転なども海流発生のメカニズムに影響を及ぼしているのだろう。それが悠久の時の流れを超えて、現在に至るまでも続いてきている。そして未来に向けても、それは続いていくのだろう。そういった感慨がどっと溢れてきた。この感慨は一生忘れることがないだろう。








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