時代物や歴史小説でお馴染みの歴史上の人物や著名人の「ゆかりの地」を訪ねる旅。そのガイドブック的サイトとして・・・。


◆「ゆかりの地」・・・「歴史上の人物」」「映画スター」など著名人ゆかりの地の「所在・交通アクセス」を。※「都道府県で選ぶ」ことも出来ます。
◆「ゆかりの食」・・・歴史上の人物や著名人が好んだとされる食べ物を。
◆コラム・・・「思いの外」「旅・美味いモン」「本・心に残る言葉」他

2005年01月31日

セロリ:豊臣秀吉、加藤清正

セロリは、世界各国では、古くから整腸や強壮の“薬”として重宝されてきた野菜で、日本には、
豊臣秀吉の朝鮮出兵(文録・慶長の役)の際、兵士の健康維持のため、加藤清正によって持ち込まれたという説があるとのこと。


三竹さんのセロリ(上記 エピソードが紹介されていたOISIX【おいしっくす】のサイト)
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2005年01月27日

明智光秀ゆかりの地を訪ねて

塩見 弥一 (著)

(AMAZONレビューより)
◆内容(「BOOK」データベースより)
謎の多い出生地を含めた前半生から、数多い首塚・供養塔まで悲運の武将明智光秀とその一族ゆかりの地を、史実にそって文と写真で約60か所をまとめて紹介した初めての本。

明智光秀ゆかりの地を訪ねて
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ヨーロッパ映画の旅―名画ゆかりの地を訪ねて

山村謙一(著)

(AMAZONレビューより)
◆内容(「MARC」データベースより)
パリの「天井桟敷の人々」「北ホテル」、ローマの「ローマの休日」、マジョルカ島の「別れの曲」、アルザスの「大いなる幻影」…。映画をめぐるヨーロッパ旅行記を収録。

ヨーロッパ映画の旅―名画ゆかりの地を訪ねて Hot‐nonfiction
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ちひろの信州―ゆかりの地を訪ねる旅

安曇野ちひろ美術館(編)

(AMAZONレビューより)
◆内容(「MARC」データベースより)
信州・安曇野はいわさきちひろの両親の故郷であり、学校の休みにはきまって安曇野で過ごした。安曇野、上高地・松本、小谷・大町・白馬、黒姫高原・野尻湖・柏原など、ちひろゆかりの地を訪ねる旅ガイドとスケッチ集。

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「平家物語」を歩く―清盛、義仲、義経、建礼門院…源平ゆかりの地 歩く旅シリーズ―歴史・文学

見延典子(著)

(AMAZONレビューより)
◆著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
見延 典子。1955年札幌市生まれ。1978年、早稲田大学文学部卒業小説として書いた『もう頬づえはつかない』がベストセラーに。結婚で広島へ移り創作活動を続ける。
頼山陽の母の日記を基に書いた『すっぽらぽんのぽん』で頼山陽記念文化賞を受賞。2004年10月より中国新聞に小説『頼山陽』を連載中

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2005年01月25日

真田幸村ゆかりの地

◆安居神社 (大阪市天王寺区逢坂1−3:周辺地図 )大阪市営地下鉄「恵美須町」徒歩5分 真田幸村戦死の地。

真田幸村 最期の地

大阪市営地下鉄堺筋線「恵比須町」を降り、恵美須町の交差点を東に歩いていくこと3〜4分。左手に安居天満宮「真田幸村戦死の地」という文字が。この日は付近に仕事で来ていたため、どうしようかと思ったが、少しの時間なら・・・と思い、敷地の中へ。平日でもあり、境内には誰もおらずひっそりとしている。徳川家康でさえ恐れたといわれている真田幸村の最期の地はココだったのかと、少しばかり感慨が。そして携帯で写真をパチリ。
image/yukarinochi-2005-01-25T12:49:18-1.jpg

2005年01月21日

まだまだや・・・拙筆屋万次郎

−まだまだや
 火星に行ったら
 人類未踏の山がある−

拙筆屋万次郎「希望の言葉」より抜粋

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ありがたいことに・・・拙筆屋万次郎

希望の言葉
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運慶ゆかりの地

円成寺 (奈良県奈良市忍辱山町1273:周辺地図
 多宝塔に大日如来坐像(国宝)

が安置。
東大寺 (奈良県奈良市雑司町406-1:周辺地図)
 南大門(国宝)に金剛力士像
興福寺 (奈良県奈良市登大路町48:周辺地図) 北円堂に弥勒三尊像・無著・世信親立像が安置。

2005年01月14日

車折神社(くるまざきじんじゃ)

京都の四条大宮より、嵐山へ向かう路面電車(京福電鉄)に乗り、蚕ノ社、太秦、帷子ノ辻、有栖川といった京都らしい駅名を通過すると、車折神社(くるまざきじんじゃ)という駅がある。終着駅の嵐山までは、鹿王院、嵯峨駅前という2つの駅を残すのみだ。この車折神社を下車すると目の前が神社の参道である。この車折神社は芸能神社でもある。東映太秦スタジオからも路面電車で3駅と近く、ここで撮影した映画スターなどの中にも、この神社に参拝した人もいるに違いない。神社敷地内に入ると、芸能社、花柳界、歌手、タレントなど、数多くの人が奉納した朱の板を見ることが出来る。例えば、里見浩太郎、細川たかし、松平健、坂東三津五郎、中村橋之助、三田寛子、姿月あさと、杜けあき、川島なおみ、あいはら友子、夏川りみ、角松敏生、ジャニーズでは「TOKIO」(城島茂、山口達也、国分太一、松岡昌宏、長瀬智也))「嵐」(松本潤、二宮和也、大野智、櫻井翔、相葉雅紀)、マギー審司、ダンディー坂野、かつみ・さゆり、イエローキャブ・サンズ・野田義治、NHKおかあさんといっしょのお兄さん・お姉さん(はいだしょうこ、佐藤弘道、今井ゆうぞう、タリキヨコ)、南野陽子、渡部篤郎、片桐はいり、村上里佳子、中田喜子、野村克也、野村沙知代、辺見マリ、辺見えみり・・・・等々。
境内は静かで落ち着いており、独りで散策するにはちょうど良い感じである。この後、嵐山のほうへ向けて歩みをすすめていくのも良い。嵐山近くになるが、清明墓所なども訪ねることができるだろう。

image/yukarinochi-2005-01-14T14:11:52-1.jpg

ストロベリー・フィールドよ、永遠に・・・

ビートルズの名曲「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」の題材となった孤児院「ストロベリー・フィールド」が閉鎖されるというニュースを知った。ファンなら誰でも知っているように、ジョン・レノンが幼少のころの遊び場で、ビートルズゆかりの町であるリバプールを訪れた折には、真っ先に足を運びたい地である。ジョンはストロベリー・フィールドで遊び、そして成長したからこそ、あのジョン・レノンになったであろうと思う。ストロベリー・フィールドが存在していなかったなら、ビートルズ自体、生まれさえしなかったかもしれない。とさえ思うほどに、ファンにとっては聖地であるのだ。報道によると、2007年5月に閉鎖される見通し。私は残念ながらリバプールにはいったことがない。(ロンドンでアビイ・ロード・スタジオは訪ねたが・・・)。閉鎖される前にひとめ見たいものだ。



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アンソロジー(2)のDISC2冒頭より「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」のデモ→テイク1→テイク7と完成に近づく様を聴くことができる。CD付録の曲の解説を読みながら聴いて見て下さい。

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posted by habo at 09:17| Comment(0) | TrackBack(0) | ▼コラム(思いの外) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月11日

豚肉:徳川慶喜

徳川幕府最後の将軍、徳川慶喜は豚肉を好んで食べた。この時代は四つ足ものがタブーであったため、気味悪がられ、「豚一(とんいち)様」「ブタ将軍」などどいわれていたらしい。今なら大変ば美食家として評価されるに違いないが、どうも先進的すぎたようだ。この先進的な気質は出身の水戸藩に続いている気脈らしい。徳川光圀(水戸黄門)も、あの時代では食べる人がほとんどいないであろうないチーズやラーメンなどを食べたと伝えられている。


posted by habo at 16:43| Comment(0) | TrackBack(0) | ▼ゆかりの食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

高松宮日記

昭和史研究の第一級資料である「高松宮日記」が我々一般の国民の目にも触れるようになったのは、妃殿下喜久子さまの強い意思によるものだという。当初、宮内庁サイドは出版に慎重な姿勢であったらしい。喜久子さまの著書「菊と葵のものがたり」の中で、刊行の経緯について語られている。「あの戦争で若い命を捧げた人々、傷ついた人々、口では言い表せないほどの辛酸を嘗めた人が大勢いる、ということです。(中略)そういうことをきちんと知って戴きたい。」
その日記は、高松宮さま少年期から終戦時まで二十七年間にわたっており、満州国建国から二・二六事件、日米開戦から敗戦までがつづられている。
これを読むことができるというのは、本当にすばらしいことだと思う。

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安倍清明ゆかりの地

◆清明神社。京都市上京区清明町地下鉄今出川徒歩10分。市バス9・12系統一条戻橋スグ。陰陽師として活躍した住居跡に建立。
◆一条戻橋。清明神社よりスグ。
伝説では、晴明の父の保名が殺害された場所であり、晴明が呪法を駆使して保名を蘇生させたとする場所。「あの世」と「この世」をつなぐと言われている。晴明は二人の式神(しきがみ)を、この橋の下に隠していたと言われている。
◆清明墓所。京都市右京区嵯峨角倉町。京福電鉄「嵯峨」「嵐山」徒歩5分。長慶天皇嵯峨東陵の裏の桂川より、細い路地裏に所在。鳥居で囲われ、没後970年記念の石碑と清明の墓があります。続きを読む

2005年01月10日

チーズ:ジャック・マイヨール

ジャック・マイヨールが晩年を過ごしていた千葉県の南房総。イタリアンレストラン「ジェノバ」にぶらりと来店、厨房に入って「チーズソーススパゲティ」をつくったことがあるという。
海の記憶を求めて

パスタに!グラタンに!味を引き立てる、相性バッチリのナチュラルチーズ!
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2005年01月08日

コーヒー:徳川慶喜

徳川幕府最後の将軍、徳川慶喜が幕末の1867年に欧米の公使を大坂城に招いた際、食後にコーヒーでもてなしたという記録がある。日本の公式行事で、コーヒーが出されたのは、このときがはじめて。
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2005年01月07日

小松菜:徳川吉宗

小松菜と名づけたのは徳川吉宗と言われている。鷹狩りの途中、東京都江戸川区の小松川べりの民家で食べた野菜の味に感動して、「小松菜」と名付けたのがいわれであるらしい。小松川の香取神社には小松菜ゆかりの地の石碑もあるらしい。



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徳川吉宗ゆかりの地

◆御誕生屋敷跡(吹上邸) (和歌山市吹上二丁目)  吉宗誕生の地の碑がある。
◆伝法屋敷跡 (和歌山市湊紺屋町) 吉宗子供の頃の屋敷跡(吉宗拝領屋敷)続きを読む

2005年01月06日

チーズ:徳川光圀(水戸黄門)

水戸黄門こと徳川光圀は自らの領地(現在の茨城県高萩市)に牧場を作り、そこで飼育した牛の乳でチーズを作ったことがあるという。そして、徳川光圀が初めてチーズを食べた日本人とする説もあるようだ。ただ、これについては、チーズの原型である「蘇」というものが現れたのが飛鳥時代の頃という記録が残っている。(『右官史記』という記録に、文武4年(700)に、勅使を遣わして蘇を作らせたと残っている。)だが、そうはいっても、あの時代にチーズを自ら作って食べる徳川光圀は相当のグルメであったのだろう。

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2005年01月04日

草燃える

松平健。これまで「暴れん坊将軍」で徳田新之助=徳川吉宗のイメージが色濃かったが、マツケンサンバの大ヒットで、熱狂的なファン以外は知りえない全く違う一面を多くの人にアピールした。ただ、私が松平健を知ったのは、中学に入るか入らないころだったと思う。源頼朝の妻、北条政子(岩下志摩)をメインに置いたNHKの大河ドラマ「草燃える」で、政子の弟、北条義時を演じていたのが松平健だった。源頼朝が石坂浩二で、源義経国広富之、他には郷ひろみが源頼家といった配役だったように記憶している。その時の松平健演ずる北条義時は非常に強い印象を残しており、大河の後半は政子の物語とは言いながら、北条義時が準主役といったような形になっていた。当初、軟弱だった義時が、どんどん不敵に、そして物語の黒幕と言っていいぐらいの存在感になっていく。そう、ゴッド・ファーザーアル・パチーノが演じた心優しいマイケルが、コルレオーネ家のゴッド・ファーザーへと変貌していく姿のように。実際、鎌倉幕府は源頼朝が開いたものの源氏の政権は三代で終わり、その後は北条氏の執権政治による運営である。この「草燃える」は北条氏が鎌倉幕府を自由に操っていく過程をテーマにしたドラマで、その要となる北条義時を松平健は見事に演じていた。私は、オンタイムで見て以来、一度も見たことがないが、これだけ強く印象に残っている。
また、今年の大河ドラマ「義経」は「草燃える」と同時代である。松平健は弁慶。役どころとして、最も重要な登場人物。義経役の滝沢秀明を凌ぐ相当な存在感を示すに違いない。




posted by habo at 22:52| Comment(3) | TrackBack(1) | ▼コラム(思いの外) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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