時代物や歴史小説でお馴染みの歴史上の人物や著名人の「ゆかりの地」を訪ねる旅。そのガイドブック的サイトとして・・・。


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◆コラム・・・「思いの外」「旅・美味いモン」「本・心に残る言葉」他

2005年02月03日

日本の伝説を旅する(小野小町)

謎の人物である。作家・井沢元彦氏のこの書き出しで始まる連載「伝説の住人」は、このほど創刊された「週刊日本の伝説を旅する」の1コーナーである。井沢氏の言う謎の人物とは小野小町。確かに氏の言うとおりだ。絶世の美女であったらしいという印象があるだけで、果たしてどういう人物であったのかということを問われると答えにつまる。つまり、何も知らないのだ。いつ、小野小町という名前をしったのか?記憶をたどっていっても、たどり着くことができない。日本史の授業でこの名前は出てこなかったように思われるし古文の授業でもそうだ。ただ、自然にインプットされている。絶世の美女だったとして。実際、○○小町というネーミングの、なんらかの商品(例えば化粧品など)の名前を聞けば、「美人になれる」「キレイになれる」「可愛くなれる」という印象を持つし、たいていの人は同様の感想を持たれるのではないだろうか?井沢氏の連載「伝説の住人」では、「なぜ、小町が美女であったというように現代に伝え残っているのか?」と、氏が考える理由など、「なるほど」と思わせてくれる。この連載を読んで、少し小野小町を知ったような気がした。


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2005年01月14日

ストロベリー・フィールドよ、永遠に・・・

ビートルズの名曲「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」の題材となった孤児院「ストロベリー・フィールド」が閉鎖されるというニュースを知った。ファンなら誰でも知っているように、ジョン・レノンが幼少のころの遊び場で、ビートルズゆかりの町であるリバプールを訪れた折には、真っ先に足を運びたい地である。ジョンはストロベリー・フィールドで遊び、そして成長したからこそ、あのジョン・レノンになったであろうと思う。ストロベリー・フィールドが存在していなかったなら、ビートルズ自体、生まれさえしなかったかもしれない。とさえ思うほどに、ファンにとっては聖地であるのだ。報道によると、2007年5月に閉鎖される見通し。私は残念ながらリバプールにはいったことがない。(ロンドンでアビイ・ロード・スタジオは訪ねたが・・・)。閉鎖される前にひとめ見たいものだ。



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2005年01月04日

草燃える

松平健。これまで「暴れん坊将軍」で徳田新之助=徳川吉宗のイメージが色濃かったが、マツケンサンバの大ヒットで、熱狂的なファン以外は知りえない全く違う一面を多くの人にアピールした。ただ、私が松平健を知ったのは、中学に入るか入らないころだったと思う。源頼朝の妻、北条政子(岩下志摩)をメインに置いたNHKの大河ドラマ「草燃える」で、政子の弟、北条義時を演じていたのが松平健だった。源頼朝が石坂浩二で、源義経国広富之、他には郷ひろみが源頼家といった配役だったように記憶している。その時の松平健演ずる北条義時は非常に強い印象を残しており、大河の後半は政子の物語とは言いながら、北条義時が準主役といったような形になっていた。当初、軟弱だった義時が、どんどん不敵に、そして物語の黒幕と言っていいぐらいの存在感になっていく。そう、ゴッド・ファーザーアル・パチーノが演じた心優しいマイケルが、コルレオーネ家のゴッド・ファーザーへと変貌していく姿のように。実際、鎌倉幕府は源頼朝が開いたものの源氏の政権は三代で終わり、その後は北条氏の執権政治による運営である。この「草燃える」は北条氏が鎌倉幕府を自由に操っていく過程をテーマにしたドラマで、その要となる北条義時を松平健は見事に演じていた。私は、オンタイムで見て以来、一度も見たことがないが、これだけ強く印象に残っている。
また、今年の大河ドラマ「義経」は「草燃える」と同時代である。松平健は弁慶。役どころとして、最も重要な登場人物。義経役の滝沢秀明を凌ぐ相当な存在感を示すに違いない。




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2005年01月03日

紅白歌合戦の視聴率に思う。

紅白歌合戦の視聴率が40%を割ったという記事を読んだ。時代の趨勢もあり、かつてのような高視聴率をたたき出すことは、もはや無理だと思う。ただ、残念ながら、視聴率が低くなってきたのは、番組内容そのものの低下にも、大きな要因があるように思えてならない。当世、どのような商品・サービスに対しても、消費者の目は非常に肥えてきている。TV番組についても同様、視聴者の目は非常に肥えてきていると考えるべきである。出場している歌手一人一人は、すばらしい楽曲を提供している。しかし番組構成としては面白くない。見ているだけで辟易してしまうお遊び的なヤリトリ。もうそんなものでお茶を濁せるような視聴者のレベルではないのだ。また視聴者の判定結果と会場の判定結果の大きな乖離。(今回、視聴者判定はダブルスコアに近い結果で男性勝利。しかし会場審査員判定は女性勝利。)まるで、昨年から引きずるNHKの問題をそのまま映し出しているようだ。視聴者を見た番組作りといいながら、世間からはそのように見られていない現状のように・・・。NHKは一事が万事、そうなのだ。「良い歌謡ショー番組を作るんだ。」という原点に立ち戻ることで、もっと良質な番組を作れないものなのだろうか?ただ、視聴者もそこまで求めてはいけないのかもしれない。新聞には出場歌手と出場順が発表されている。自分の好きな出演者の時間帯だけチャンネルを合わせさえすれば良いというそのような感じでいいのだろう。個人的には、マツケンサンバさえ見れれば良いと思っていたので、それを見ることができて満足だ。そして、さだまさし・・・、非常に良かった。
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2005年01月02日

新年最初のブログ

紀宮さまのご婚約がようやく正式に発表の運びとなった。新潟の震災や高松宮妃喜久子さまがご逝去されたことにご配慮されての延期だったが、暗い話題が続く折、久々のこうした明るい話題がこれ以上延期されないことを祈っていた。ご逝去された喜久子さまも、紀宮さまのご婚約については大変お喜びになられていたと聞く。徳川幕府、第十五代将軍徳川慶喜公の孫であられた喜久子様は、明治、大正、昭和、平成と四代を生き抜いてこられた。日本が激動の機であったその時代、徳川家天皇家というお立場におられた喜久子さまは時代の証人であられたとともに、大きな足跡を残してこられたと思う。こういう世の中だからこそ、歴史に学び、そして学んだことを決してネガティブに捉えるのでなく、少しでも良くなるように進めていく。こういうスタンスを歴史というものに対して持ちたいものだ。


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2004年12月26日

建仁寺とご近所さん

四条通と花見小路通の交わる角を、お茶屋「一力」を左手に見ながら、南側に下がっていくと途中、弥栄会館(祇園甲部歌舞練場がある)の前などを過ぎ、建仁寺の北門に突き当たる。ここは臨済宗建仁寺派の大本山だ。また、ここには、俵屋宗達作「風神雷神図屏風」がある。(もっとも、本物は京都国立博物館で保管されており、ここにあるのはレプリカであるが・・・)
平成14年4月、建仁寺開創800年を慶讃して法堂大天井に奉納された小泉淳作作「双龍図」は、その大きさ108畳分もあり、大迫力である。このように見ものも多い。だが、近隣におすまいの方々にとっては、その敷地を往来することは日常である。季節になるとご近所のお年寄りなどが敷地内の植え込みの新芽を摘んで袋いっぱいにして持ち帰っている様子などを目にすることもあるだろう。建仁寺の植え込みは「お茶」だ。こうしたことも、ご近所の方々と古くから続いてきたであろう関わりようの姿なのだろう。
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2004年12月24日

教科書等で見知った歴史的芸術作品は?

教科書をはじめ、子供のころに見知った芸術品というものはどういうものがあるだろうか?
社会科の教科書からは、「金閣寺」「平等院鳳凰堂」「鳥獣戯画」「風神雷神図屏風(俵屋宗達)」「東大寺 金剛力士像(運慶・快慶)」などなど。
美術の教科書からは、「叫び(ムンク)」など。
もっとも、私の場合、金閣寺は、社会科の教科書でというより、アニメ「一休さん」で知り、平等院鳳凰堂は、十円玉である。
こういう、子供の頃に触れた芸術作品は、自分の中で当たり前になっているため、通常意識をしないが、実際に実物と接する機会があると、素直に心の底から感激の気持ちが沸き起こってくるものである。是非、機会があれば訪れて見て欲しい。平等院鳳凰堂に行ったときのことであるが、小学生の遠足に出くわした。子供たちは皆、十円玉を取り出し、「わあっ」と歓声を上げていた。このときばかりは、小学生と同じ気持ちに慣れるかもしれない。

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1/70鹿苑寺・金閣





木製建築模型1/70平等院鳳凰堂







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2004年12月20日

ビール・発泡酒の税金で昔を懐かしむ。

ビールおよび発泡酒の税金が上がる。我々庶民にとっては非常に痛いことだ。私の場合、春〜夏〜秋と1年の四分の三をビールで過ごし、冬場は他のアルコールをという感じである。(体質的にビールは冬場はお腹がゆるくなってしまうので・・・)。であるので、今の時期、近場の酒のディスカウントで、ウイスキーを選ぶ日もあれば、焼酎を選ぶ日もといろいろだ。今は焼酎ブームなので、焼酎は銘柄が比較的多いが、ウイスキーは以前とくらべ、店頭においている銘柄数が少なくなっているように感じる。そういえば、テレビCMもウイスキーはすっかり少なくなった。昔は、特にサントリーがかなりガンガンにCMをやっていたのだが・・・。CMに出ていたタレントも、サミー・デイビス・JR、シェリル・ラッド(チャーリーズ・エンジェル)、マンハッタン・トランスファーなどが思い出されるし、松田聖子のスイート・メモリーズもサントリーだった。あの曲は松田聖子の曲には珍しくベストテン番組からのヒットではなく、あのサントリーのCMが火付け役になったような印象がある。そして、松田聖子を、アイドルの域から、次のステップへと昇らせた。少し昔を懐かしんでしまったが、このたびのビール・発泡酒の税金により、ウイスキーが安い酒だという印象が・・・。本当に隔世の感がある。
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2004年12月16日

お忍び来日

ヨン様ことぺ・ヨンジュンさんの極秘来日がまた世間を騒がせている。福島空港から入国したとのことだが、福島空港に国際便があったのに驚いてしまった。それだけ、韓国との距離は確実に近づいているようだ。ぺ・ヨンジュンさんに限らず、これまでも多くのスターがお忍びで来日している。このブログでも採り上げているがジョン・レノンが、夫人のオノ・ヨーコさんとお忍びで来日したことは、既に有名な事実だし、そういえば先日の「踊るさんま御殿」のゲスト穂積隆信がその来日時の数日間、同じ旅館で過ごしたというエピソードを披露している。また、仕事で来日してその仕事の合間にプライベートをお忍びで・・・というパターンもあるだろう。他にもこのブログで紹介しているが、ハリソン・フォードが滋賀県の甲賀忍者屋敷を訪れていたり、リチャード・ギアが島根県の小泉八雲記念館を訪れていたりするのは、「へえ〜っ」という感じがするし、場所が特定できなかったので紹介しなかったが、ロバート・デ・ニーロもお忍び来日していたことがあったらしい。エリック・クラプトンなどは、ツアーの予定もないのにK1などの格闘技会場にいたり、結構、日本でのプライベートを楽しんでいるようだ。今回のヨン様は、さて、プライベートなのか?仕事なのか?当面、ワイドショーを賑わすことになるのだろう。

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2004年12月13日

京都検定

京都商工会議所主催による京都検定が実施された。1万人近くの人がこの検定試験に挑戦したと聞く。会社の命令で受験した人、仕事に役立ちそうだということで自ら受験した人、純粋に京都が好きなので・・という人、というように受験者は様々だ。そういえば、お気に入りリンクで紹介しているサイト「友禅ネット」を運営している知人も受験するようなことを言っていた。ただ、彼曰く、「検定は検定。このために学習した知識は通説で一般的なもの。ガイドなど仕事で役立てようなんて人は、『実は、諸説あってこういうことも云われてるんですよ。』などが言えてはじめて、良い信頼を獲得できるんじゃないかな。」と。なるほど、そういうものであろう。そう、「トリビアの泉」のへえ〜、的なうんちくが欲しくなってくるのだ。
なお、京都検定に関してのブログを見つけたので、URLを紹介しておきます。
http://yashiro.exblog.jp/
(京都検定ブログ)
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2004年12月05日

本当の場所は?

日本の歴史上、最も有名な事件のうちの一つ、本能寺の変。明智光秀が本能寺に宿を取っている織田信長を急襲し自害に追い込んだ事件だ。先日、京都市内にお住まいの方と話をしていたときに、「今の本能寺は、織田信長が暗殺された当時の場所にはないんだよね。」との話が偶然でた。調べてみると、京都市中京区に元本能寺町という地名がある。元々の本能寺はココにありましたよ。というのが町名の由来なのだろうか?この南の元本能寺南町の一角に、「此付近本能寺址」という石柱が立っているようだ。機会を見つけて訪ねてみよう。これと同様、当時と現在では場所が変わっているという史跡はよくあるようだ。弁慶と義経の出会いの場でもある五条大橋も、当時はもう一つ北の現在の松原橋の箇所であったという。そういう観点から史実を見てみるのも、また面白いのかもしれない。

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・ポートワイン:織田信長
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2004年11月26日

適塾

大阪市中央区の京阪電車淀屋橋で改札を出て、地下道を北浜方面に進むと、程なく右手に「適塾」と書いた地上へのに出口案内が目に入る。おそらく、この案内は幕末・明治維新の歴史に関心を持った人以外には、何の意味も成さないはずだ。多くの人が、何の意識もなく、自分の勤務先に急いでいることだろう。適塾はその出口を地上に上がったところ正面にあるのであるが。何せ、このエリアは、有数のオフィス街だからだ。その中でも、適塾出口から200〜300メートルほど南の道修町(どしょうまち)には、武田薬品工業、塩野義製薬、大日本製薬、田辺製薬、藤沢薬品工業、小野薬品工業、といった医療、製薬メーカーの本社が集中している。さて、冒頭の「適塾」を主宰していたのが緒方洪庵である。緒方洪庵は医業を開きつつ、適塾で、多くの門人たちに蘭学を教え、西洋医学を普及に心血を注いでいたようだ。その門人には、福沢諭吉大村益次郎(村田蔵六)など、歴史に名を残した人物も多い。緒方洪庵がこの地に拠点を構えたのも、自らが医業を生業とする中で、道修町から近いということに利点を見出してという理由があったからかもしれない。この点は、このころのことにより詳しい歴史家の方々にお話を聞いてみたいものだ。

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2004年11月17日

道標

昔、大阪は水の都と呼ばれたと聞く。京都から大阪をつなぐ一級河川、淀川が大阪湾に近づくほどに、多くの小さな川に別れていく。そこには、また多くの橋が架けられた。淀川が中ノ島にぶつかり、北は堂島川、南は土佐堀川と名前を変えるが、その土佐堀川に名前が変わって程なく、南へ東横堀川という川が出ている。その川に架かる高麗橋の東側に写真のような道標というか案内板があった。つい先日、江戸堀付近を歩いていたときに偶然、大村益次郎の寓居跡を見つけたが、その師である緒方洪庵の主宰する適塾の案内板を見つけたのは本当に偶然だと思った。だが、よくよく考えると大阪や京都などでは、全く珍しいことでもなく、ごく当たり前のことだと思いなおしてみる。このときは時間がなかったので、適塾までは足を向けず、この案内板の写真を撮るのみで通り過ぎた。

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2004年11月03日

「YES オノ・ヨーコ」展をTVニュースで見て

関西ローカルのニュース番組で、オノ・ヨーコ展が開催されていることを知った。彼女の作品は全てメッセージ性に富んでいる。そのローカルニュースで紹介されていた、棺から木が育ってきている映像には、何かしら表現のできない感動を覚えた。ジョン・レノンとの出会いにより、前衛芸術に関心の高くなかった我々にも、彼女のことが伝わってくるようになった。ジョン・レノンが彼女に引かれた「YES」という天井の文字。9・11のテロの後、「Imagin」の広告掲載。等々、彼女の作品、行動には一貫したものがある。そう、オノ・ヨーコは人間を愛している。








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2004年11月01日

奈良で髪を切ろう。

美容師でもあるとなりの奈良県の知人のIさん、Mさんと、図らずも新潟の震災についての話題になった。Iさんは早速、美容組合などを通じて義援金などの活動を。また、Mさんは自店のホームページや来店客への告知活動などを進めてくれているという。地域とのつながり・生活者として、お客様と感情を共感できる立場。それらは、みんなが結束しなければならないこういうときに、触媒としての機能を果たしてくれる。このことを気付かせてくれた。その奈良で髪を切ろう。このサイトの主旨である、ゆかりのある人に思いを馳せる旅。その地に伝わるエピソードも、美容師さんなど生活に密着する方との交流により、より立体的なものとして自分の中に残るに違いない。

Iさんの店は
http://www.dernie.net/

Mさんの店は
http://www3.ocn.ne.jp/~galopine/







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