時代物や歴史小説でお馴染みの歴史上の人物や著名人の「ゆかりの地」を訪ねる旅。そのガイドブック的サイトとして・・・。


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2005年02月04日

たばこ:フランシスコ・ザビエル

日本に初めてたばこが伝わったのは、フランシスコ・ザビエルによる宣教活動の際。とする説があるようです。JTのサイト「ちょっとたばこの話」では、以下のように紹介されています。

「南蛮人は腹の中で火をたいとる!」――これは、ポルトガル人がたばこを吸うところを初めて見た日本人が言った言葉。口から煙を吐き出す異国の人に、さぞかし驚いたのでしょう。宣教師フランシスコ・ザビエルが布教のために上陸した鹿児島地方に伝わる話です。日本に初めてたばこを伝えたのは、この、ザビエルに同行していたポルトガル人であるという説が有力とされています。
 元禄10年(1697年)に江戸で出版された『本朝食鑑』には、「初め蛮船の商夫、葉を巻いて筒を作り、ひちりき状の如くにし〜(中略)〜南蛮国煙管を伝う。これを幾世流(キセル)と号す」という記述が残っています。ここで言うキセルは粘土製のクレーパイプのことで、長崎の出島で数多く出土するクレーパイプは、蛮船の商夫たちの置き土産と見られています。(「JT ちょっとたばこの話」


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2005年01月31日

セロリ:豊臣秀吉、加藤清正

セロリは、世界各国では、古くから整腸や強壮の“薬”として重宝されてきた野菜で、日本には、
豊臣秀吉の朝鮮出兵(文録・慶長の役)の際、兵士の健康維持のため、加藤清正によって持ち込まれたという説があるとのこと。


三竹さんのセロリ(上記 エピソードが紹介されていたOISIX【おいしっくす】のサイト)
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2005年01月11日

豚肉:徳川慶喜

徳川幕府最後の将軍、徳川慶喜は豚肉を好んで食べた。この時代は四つ足ものがタブーであったため、気味悪がられ、「豚一(とんいち)様」「ブタ将軍」などどいわれていたらしい。今なら大変ば美食家として評価されるに違いないが、どうも先進的すぎたようだ。この先進的な気質は出身の水戸藩に続いている気脈らしい。徳川光圀(水戸黄門)も、あの時代では食べる人がほとんどいないであろうないチーズやラーメンなどを食べたと伝えられている。


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2005年01月10日

チーズ:ジャック・マイヨール

ジャック・マイヨールが晩年を過ごしていた千葉県の南房総。イタリアンレストラン「ジェノバ」にぶらりと来店、厨房に入って「チーズソーススパゲティ」をつくったことがあるという。
海の記憶を求めて

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2005年01月08日

コーヒー:徳川慶喜

徳川幕府最後の将軍、徳川慶喜が幕末の1867年に欧米の公使を大坂城に招いた際、食後にコーヒーでもてなしたという記録がある。日本の公式行事で、コーヒーが出されたのは、このときがはじめて。
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2005年01月07日

小松菜:徳川吉宗

小松菜と名づけたのは徳川吉宗と言われている。鷹狩りの途中、東京都江戸川区の小松川べりの民家で食べた野菜の味に感動して、「小松菜」と名付けたのがいわれであるらしい。小松川の香取神社には小松菜ゆかりの地の石碑もあるらしい。



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2005年01月06日

チーズ:徳川光圀(水戸黄門)

水戸黄門こと徳川光圀は自らの領地(現在の茨城県高萩市)に牧場を作り、そこで飼育した牛の乳でチーズを作ったことがあるという。そして、徳川光圀が初めてチーズを食べた日本人とする説もあるようだ。ただ、これについては、チーズの原型である「蘇」というものが現れたのが飛鳥時代の頃という記録が残っている。(『右官史記』という記録に、文武4年(700)に、勅使を遣わして蘇を作らせたと残っている。)だが、そうはいっても、あの時代にチーズを自ら作って食べる徳川光圀は相当のグルメであったのだろう。

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2004年12月28日

義経元服料理

滋賀県竜王町が、「義経元服料理」を再現したと聞く。NHK大河ドラマ「義経」にあやかろうということなのだろう。その味については、同町の道の駅「竜王かがみの里」で売り出すとのことなので、当地を訪ねられてお求めになるのもいいだろう。同町は源義経が元服した地として知られ、それにまつわる史跡が複数ある。また、他にも、源頼朝、足利尊氏なども立ち寄った地だとのことなので、当時に思いをはせるのも良いかもしれない。

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2004年12月25日

ポートワイン:織田信長

日本で初めてポートワインを飲んだのが織田信長であるという説がある。なるほど、そうかもしれない。ポルトガルとの交易を始めたのは信長だ。そして信長は南蛮のものをどんどん取り入れた。そんななかにワインがあってもおかしくない。フランシスコ・ザビエルとの接点によでキリスト教を解禁したということが学生時分の勉強で記憶されているが、信長の目的はキリスト教の布教がメインではなく、鉄砲の輸入とそして商売だったのだろうから。
信長とワインについては次のサイトを参考にされたい。bb-wave.biglobe.ne.jp/pro/asahi/bn/c_a12.html

当サイト内関連記事
・本当の場所は?

◆◆◆ポートワインを飲むには◆◆◆
セラーからこだわりのワイン
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このサイトの商品検索・キーワードのボックスに「ポート」と入力して検索してみてください。

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2004年12月24日

豆腐:大村益次郎

大村益次郎(村田蔵六)は豆腐が大好物だったという。司馬遼太郎の作品「花神」では、豆腐を肴に酒をチビチビとやる場面が何度も出てくる。実際、大村益次郎は「豆腐を愚弄する者は国を滅ぼす」と言ったとも言われているようだ。第十一代将軍徳川家斉(1773-1841)が100人を越える側室をかかえ、それによる側室同士の競争激化がもとで、江戸では豆乳で入浴することが流行した。そのため江戸の市中の豆腐が不足したことを言ったものであるらしい。(情報参考:www.bigai.ne.jp/~miwa/miwa/00sympjokyo.html)

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