時代物や歴史小説でお馴染みの歴史上の人物や著名人の「ゆかりの地」を訪ねる旅。そのガイドブック的サイトとして・・・。


◆「ゆかりの地」・・・「歴史上の人物」」「映画スター」など著名人ゆかりの地の「所在・交通アクセス」を。※「都道府県で選ぶ」ことも出来ます。
◆「ゆかりの食」・・・歴史上の人物や著名人が好んだとされる食べ物を。
◆コラム・・・「思いの外」「旅・美味いモン」「本・心に残る言葉」他

2005年12月26日

楠木正成 ゆかりの地

■湊川神社(神戸市中央区多聞通り3丁目:周辺地図)神戸高速鉄道「高速神戸」すぐ。JR「神戸」北へ徒歩7分。
楠木正成墓碑(国指定記念物・国指定史跡)あり。徳川光圀(水戸黄門)によって建てられた。 「嗚呼忠臣楠子之墓(ああちゅうしんなんしのはか)」と刻まれている。また、最奥境内西北側に「楠木正成戦没(せんぼつ)地」の碑あり。宝物殿には大楠公着用伝承の段威胴丸(重文)が展示されている。
※宝物殿は有料・木曜休館であるので注意。


■湊川公園(神戸市兵庫区:周辺地図)神戸市営地下鉄「湊川公園」すぐ。神戸高速鉄道「新開地」徒歩3分。
この一帯は湊川の戦いがあった辺りであり、大楠公像あり。

■会下山公園(神戸市兵庫区会下山町:周辺地図)神戸高速鉄道「大開」「新開地」より徒歩10分。神戸市営地下鉄「湊川公園」徒歩7分、「上沢」徒歩5分。JR「兵庫」徒歩15分。
湊川の戦いにおける楠木軍陣地。日露戦争を勝利に導いた東郷平八郎元帥直筆の「大楠公湊川陣之遺蹟」と刻まれた記念碑あり。

■千早城跡(大阪府南河内郡千早赤阪村千早:周辺地図)近鉄「富田林」より金剛バスか近鉄・南海「河内長野」より南海バスにて「千早城址」下車。

正成が鎌倉勢相手に100日間籠城した城。この間に、新田義貞らが鎌倉へ攻め込み、鎌倉幕府は滅亡。
この千早城から登山道を少し登ったところに「千早城跡五輪塔」があり、地図では楠正儀墓となっている。地元では首塚さんと呼ばれ、正成の供養塔と考えられているらしい。(※正成の首は一度は六条河原でさらし首にされるがその後、尊氏により河内の遺族のもとに届けられているとのこと。)

■上赤坂城跡、下赤坂城跡(大阪府南河内郡千早赤阪村:周辺地図)地図では上赤坂城跡を楠木城跡と表記。近鉄「富田林」より金剛バス「赤坂中学前」下車、すぐの中学校の敷地が下赤坂城跡、そこから東方に上赤坂城跡。

■皇居外苑(東京都千代田区皇居外苑:周辺地図)営団地下鉄千代田線二重橋前より徒歩。
楠正成像あり。皇室に対する忠臣であるとして、明治の時期、住友家当主が宮内省(現、宮内庁)に献納。銅像の制作には高村光雲(「智恵子抄」などで知られる詩人、高村光太郎の父)などがたずさわる。




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2005年12月19日

月と雪化粧:建仁寺

日本列島が各地が大雪に見舞われた昨日、京都でもうっすらと雪化粧。まだ人通りも少ない日曜日の朝の7時ごろ、祇園花見小路を散歩。建仁寺北門付近まで来たところで、西側に目をむけると建仁寺内の建物のひとつ「方丈」の屋根越しにぽっかりと浮かぶ明け方の月。

建仁寺 月.jpg





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2005年10月07日

京阪電車「淀」駅周辺を歩く

京阪電車「淀」駅と聞いて何を思い出すだろうか?まず思い出すのは京都競馬場。その次は?となるとなかなか出てこないのではないだろうか?淀駅出町柳方面ホームは淀城址と隣あわせ。城の石垣がすぐ近くに見える。淀城は二代将軍徳川秀忠が松平越中守定綱に命じて築城させた城である。秀忠・家光親子が上洛の途上にはこの城を宿所ともしたとのことだ。では、淀城址を散策してみよう。その城址には稲葉神社が建ち、淀藩主でもあった稲葉氏によるものなのだろう。稲葉氏は江戸中期ごろから廃藩までの期間、この淀城の城主であった。この地の説明書によると稲葉正成から数え5代目にこの淀藩主となったことが説明されており、稲葉家よりもむしろ、稲葉正成の後妻が有名な春日局であったことが説明されている。城址奥に進んでいくと公園になっており遊具などがあるも、ひっそりとしている。また、高台には明治天皇が行幸されたという碑も建っている。

戊辰の役 東軍西軍激戦の地(横大路千両松)
さて、この淀駅周辺は戊辰戦争の激戦の地でもあるが、駅を降り立った時点ではその名残はあまりない。だが少しあるけば、当時、この辺りがそうであったことを偲ぶ「戊辰役東軍戦死者埋骨地」彫られた碑が建てられているを見つけることができる。戊辰戦争のうちでも、「淀千両松の戦い」と呼ばれる激戦での死者を偲ぶものだ。ここでの戦いでは幕軍である新選組の井上源三郎など十数名が戦死したとのことだ。
この碑を訪ねるには、淀駅下車後、京都競馬場と京阪電車を右手に見ながら京都方面(出町柳方面)に向かって20分ほど歩くと、競馬場から京阪電車を横断する高架の下に見つけることができる。
京阪電車を左手に見て進んでしまうと、なかなか線路を横断できる箇所がないので、その点は充分気をつけなければならない。
戊辰役激戦地.jpg
(写真は、碑の脇にある案内板。天気が悪かったので碑を綺麗に撮れなかった)




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2005年09月29日

四条大宮を歩く

四条大宮を散策してみよう。四条大宮へは、阪急電車京都線「大宮駅」で下車するか、JR「京都駅」から京都市バスになる。(京都市バス路線参考)
四条大宮の交差点は、南から北へ走る大宮通りが丁度この交差点で斜めに向きを変えるため、東西を走る四条通りと交差するジャンクションが、一見 複雑なジャンクションに感じてしまう。まず、京福電車の乗り場のある西南角に渡ってみる。そこには、近隣地図、市バス乗り場の案内図があり、それを参考に、この界隈の散策ルートや、ここで散策を終えた後、どこを見るかなどをを決めると良いだろう。四条大宮にはかなり多方面へのバスが停車するので、逆に行き先に迷ってしまうかもしれない。
まず、四条大宮。上述の近隣地図で確認すると、ここが新選組のゆかりの地であることがわかる。屯所のあった数々の史蹟。壬生寺、八木邸、旧前川邸などなど。それら史蹟まで、ゆっくりとした散策でも10分はかからないだろう。
では、そこを目指そう。
四条通りに沿って西に向かっていっても、大きな幹線道路であまり風情がない。ここは、南へ一筋下がった綾小路通りを通ることにしよう。京福電車のりばの角から南に下がり、セブンイレブンの角を右折するとそこが綾小路通りだ。お寺や古くからの民家、新しくできた小さなマンションなど混然としているが、やはりここは京都だ。それなりの雰囲気はある。ほどなく、子供たちのにぎやかな声が聞こえてきた。
保育園があるのか。見ると光林保育園とある。光林寺の境内がそのまま保育園になっている。こういうところが京都らしい。ここからお寺が複数連なっている。新選組の隊士らの墓もあるようだ。
新撰組の墓.jpg
少し広めの通りを超え、旧前川邸に着いた。ここは、今も住居としてお住まいされておられるため一般公開していない。外から伺うのみである。ただし、土・日・祝日に限っては母屋の玄関にて解説付絵葉書などを販売してくれているとのことである。
この前川邸の角を左折する。そこからすぐ新選組屯所の八木邸、壬生寺で、その壬生寺に入ってみた。
芹沢鴨と平山五郎の墓、近藤勇の胸像と遺髪塔など、新選組ファンにはさまざま思いが去来するであろう。今回は、雨が降ってきたので、散策もそこそこに退散してしまった。
近藤勇胸像.jpg
ただ、四条大宮は交通の便もよく、その気になりさえすればいつでも行けるだろう。本当に身近な歴史散策のエリアである。





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2005年09月12日

「酒を酌み交わしたい歴史上の人物は?」

アサヒビールが全国の成人男女を対象にこんなインターネット調査したらしい。

「酒を酌み交わしたい歴史上の人物は?」

その詳細は次のアサヒビールのサイトでご覧いただけるが、私のほうでも感想を書いてみたい。
アサヒビール ニュースリリース2005 0909

1位 坂本龍馬(13.1%) 
2位 織田信長(11.4%)
3位 聖徳太子(7.6%)
4位 徳川家康(5.0%)
5位 クレオパトラ(3.0%)
6位 豊臣秀吉(2.8%)
7位 紫式部(2.6%)
8位 西郷隆盛(1.8%)
9位 小野小町(1.7%)
9位 卑弥呼(1.7%) 

結果は上の通りだそうだ。「好きな歴史上の人物は?」という設問だったりすると、源義経が入ってきたりするのだろうが、ここには無い。やはり、酒を酌み交わすには「義経は若すぎる」というイメージがあったりするのだろうか?
実際に自分が酒を酌み交わすと想像すると、織田信長などは緊張しすぎてしまって飲んだ気がしないかもしれないと思ったりする。(ちなみに信長が飲んでいる酒は真っ赤なワインというイメージ。)いろいろ尋ねてみたいことは多いのだが。
そういう意味では、坂本龍馬、豊臣秀吉などならば、楽しい雰囲気で、いろんなことが聞けそうな気がする。
また、じっくり話しを聞きたい相手としては西郷隆盛。司馬遼太郎の「翔ぶが如く」を読み、「西郷の本心はどうだったのか?」そういう思いが募った。ぜひ、「翔ぶが如く」の時期(征韓論やぶれ西南戦争に至る)の、西郷の本心というものを酒を酌み交わしながら聞いてみたいものだ。





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2005年08月22日

維新の志士たちの眠る地(京都霊山護国神社)

京都霊山護国神社。坂本龍馬の墓を護っているとして有名だが、龍馬だけでなく、ここには数多くの維新の志士たちが眠っている。中岡慎太郎、桂小五郎(木戸孝允)、蛤御門の変(禁門の変)で散った久坂玄瑞(儀助)、来島又兵衛といった長州藩の志士たち。その護国神社まで歩いてみよう。
京阪電車「四条」駅を下車し、地上に出るとそこは、四条通りと川端通の交差点である。阪急電車「河原町」駅からも徒歩3分ほどとそう離れていない。
その四条川端の交差点に立ち、四条大橋を背にし、南座を右手に見ながらまっすぐ進んでいく。京漬物「西利」を過ぎ、宇治茶の「祇園辻利」を前を通過。土日ならば、その辻利の前で、長い列に出食わすだろう。辻利がやっている喫茶「茶寮都路里」で、「特選都路里パフェ」を食べるために並んでいる観光客たちの列だ。ほどなく四条花見の交差点である。北東角にあぶらとり紙の「よーじや」、南東角に赤い土塀のお茶屋「一力(いちりき)」なので、この交差点はすぐに判る。このまま、まっすぐ進むと八坂神社の正面に突き当たるが、ここは、祇園の雰囲気を味わうために、右に曲がってみよう。花見小路通りだ。歴史的景観地区に指定されており、情緒ある風景に「京都に来たなあ。」という実感がわいてくるだろう。
3,4分歩くと花見小路通りは、日本最古の禅寺「建仁寺」の北門に突き当たる。京都に訪れたときの見どころの一つだ。この建仁寺北門の前で道が左に折れているので、道なりに左に折れて進むことにする。途中、安井金毘羅宮への入り口につながる小道があったりするが、信号のある箇所までくれば、ここは東大路通りだ。東大路通りは南北に走っている。この東大路通りの交差点から右に進路をとり、一つめの信号のある交差点にくれば、左を見てみよう。石造りの大きな鳥居が目印だ。この鳥居をくぐり坂を登って歩いていくと突き当たりが冒頭の京都霊山護国神社だ。護国神社に辿りつくまでにも、高台寺円徳院と言った豊臣秀吉や妻「ねね(北政所)」といったゆかりの地がある。この辺りはちょっと進路を変えるだけで、八坂の塔も清水寺もすぐのところである。そのため、観光客が気楽に立ち寄れるお店も多く、客待ちの人力車なども数台列を作って待機している。格好のデートコースでもあるためか、歴史ファンやウォーキング愛好家達だけでなく、若いカップルが非常に多い。


人力ヤ.jpg
話がそれてしまった。元に戻って護国神社を目指そう。高台寺を過ぎたぐらいから、その道は「維新の道」と呼んでいるようだ。その道、右側に翠紅館跡がある。そこに書かれている京都市による説明文を読んでみる。土佐藩の武市半平太、長州藩の井上聞多、久坂玄瑞、桂小五郎、久留米藩の真木和泉ら、各藩の代表者らが、攘夷の具体的方法を検討した世に「翠紅館会議」と呼ばれた会合が行われた場所であることが解説されていた。もう、そこから2,3分進むと目的地の京都霊山護国神社である。護国神社に入ると、ここに坂本龍馬の墓があるということはすぐに判る。コイン式の改札機に300円を入れて進めばようやく龍馬ら維新の志士たちが眠るお墓があるエリアである。


龍馬 慎太郎.jpg
龍馬の墓はともに暗殺された中岡慎太郎の墓と並んでいる。左側が龍馬、右側が慎太郎だ。お参りされる方も多いのだろう。墓前にはまだ新しいお酒、食べ物がお供えされており、お線香からはゆっくりと煙が立ち上っていた。この龍馬、慎太郎の墓所から振り返ると京都を一望することができる。眼下には八坂の塔。二人はここで静かに眠っているのだろう。
ここから少しあがったところが、長州藩の志士たちの眠る墓所であり、ここに蛤御門の変で散った久坂儀助(久坂玄瑞)、来島又兵衛などの墓があり、そこからまた進むと、桂小五郎(木戸孝允)の墓である。その隣には妻、幾松の墓もあり、小五郎と幾松のロマンスについても触れることができる。


画像小五郎幾松墓所.jpg





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2005年08月18日

夏の潜水橋(和歌山富田川)

前回、書かせていただいたとおり、熊野古道の入り口近くに住む祖母宅に夏の休暇を兼ねて行ってきた。地名でいうと和歌山県西牟婁郡上富田町というところだ。観光で行った訳ではないので、熊野古道に触れる旅ということにはならなかったが、それはそれで、リラックスできた良い時間であった。子供のころ、従兄弟とともによく泳ぎにいった富田川へも、子供をつれて川遊びに行けたのは懐かしい気分にさせてくれた。
川遊びの場所は、畑山橋という潜水橋(川の増水時にも流されないように設計された手すりの無い橋)の架かる付近で、稲葉根王子跡というところからからそう遠くない。
ただ、以前より随分、水量が少なくなっており、足首からふくらはぎのところぐらいまでしか水位がなかった。話に聞くと、ここ近年ではずっと水量が少ないようだ。そこに潜水橋が架かっているのは、時の流れを感じてしまう。
水量については、私には残念だったが、3歳の私の子供にはちょうど良かったようだ。
叔父にその話をすると、鮎川というところまで行けば、まだまだ水量もあり、今度来た時はそこまで行けばいいよ。ということであった。そこからは鮎川王子跡や住吉神社が近く、川遊びのついでの散歩ででも足を延ばせそうだ。






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2005年08月08日

帰省 〜世界遺産の入り口まで〜

お盆を迎えるこの時期、帰省される方も多いだろう。数年前と比べ、帰省の時期も分散傾向にあり、混雑は多少緩和されてきているとは言え、往復の移動は疲れるものだ。皆さんも、事故などを起こさぬよう気をつけて帰省されたい。
私のほうはと言えば、現在住んでいる京都の宇治市を出発し、両親の住んでいる大阪の堺市、そして祖母がお世話になっている叔母の家(和歌山県の西牟婁郡)という経路を辿って帰省になる。堺の両親宅には車で二時間程度ということもあり年に2〜3回は帰っているが、祖母のところとなると3年ぶりである。前回はまだ1歳にならないひ孫を始めて連れて行ったのだが、今回はその成長ぶりを喜んでくれるであろう。
祖母宅は世界遺産に認定された熊野古道の入り口にあたる中辺路町まで、車で15分程度の自然の残ったいい所である。以前の記事で熊野の写真家・楠本弘児さんについて書かせていただいたのも、この辺りが非常にいいところであるという実感を以前からもっていたために、その作品に出会い、強い感銘を受けたのだろうと思っている。
世界遺産に認定されて多少は訪れる人は増えているのだろうか?あまりに訪れる人が増えすぎるのも、遺産として残していくという観点からはどうかとは思うが、この地が長く日本の歴史を見てきたのだろうと思うと、少しでも多くの人に知ってもらいたいと思うのは矛盾してしまうことだが、仕方のないことだとご理解いただきたい。
この帰省の時に、熊野古道にまつわるエピソードなどを拾ってくることができればとは思っているが、おそらく、子供との時間、祖母との時間で手一杯であろう。
それは、またの機会にとっておこう。




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2005年08月02日

写真家:楠本弘児さん

今回は一人の写真家を紹介したい。
楠本弘児さんという写真家をご存知だろうか?「熊野」の写真家の第一人者である。熊野古道を含む「紀伊山地の霊場と参詣道」は、昨年、世界遺産リストに登録されたところなので、「熊野古道」については皆さんの記憶にも馴染みがあると思う。皆さんが、熊野の写真を目にする機会があれば、(特にポスターなど公式写真で)、それは楠本弘児さんの写真である可能性は高い。
以下に、楠本弘児さんの写真集を紹介しておくが、書店などでごらんになられる機会があれば、一度手にとって、中をご覧になって見ていただきたい。
その写真にきっと、息を飲むはずだ。

WEB上でも楠本さんの作品の素晴らしさに触れることができるサイトがあったので、そちらのほうも訪ねてみられたい。

楠本弘児フォトライブラリー


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2005年07月30日

北海道

◆留萌本線増毛駅 <高倉健/映画スター>


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